ルーヴル美術館展 ルネサンス | レオナルド・ダ・ヴィンチ 《美しきフェロニエール》の魅力を紐解く

9月9日から、東京・六本木の国立新美術館で「ルーヴル美術館展 ルネサンス」が開催されています。レオナルド・ダ・ヴィンチの《美しきフェロニエール》をはじめ、ルーヴル美術館が誇るルネサンス美術の選りすぐりの作品、50点余りが展示されています。日本テレビの主催により2005年から数年おきに開催されてきた「ルーヴル美術館展」。野村證券は、2015年の開催以来、継続して特別協賛を務め、今回で4回目となります。

 

今回のテーマは、14世紀から16世紀にかけて花開いた「ルネサンス」です。そもそもルネサンス美術とは、どのような特徴があるのでしょうか。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた《美しきフェロニエール》には、どのような物語が秘められているのでしょうか。

 

「ルーヴル美術館展」に長きにわたり携わり、今回の展覧会でも日本側の監修を担当された、国立新美術館主任研究員の宮島綾子さんに、ルネサンス美術の見方や注目作品の魅力を聞きました。
 

ルネサンスはなぜ「西洋美術の基礎」と考えられるのか

Q. 宮島さんが担当されて4回目の開催というルーヴル美術館展。今回はなぜルネサンスの展覧会になったのでしょうか?

 

ルネサンスの作品を中心とする展覧会をいずれ開催できれば、という話は以前からあり、このタイミングで実現することになりました。

 

ルネサンスは日本の私たちとは無関係なもののように感じられるかもしれませんが、私たちが「美術」と呼んでいるものの基礎が築かれた時代と言えます。油彩画、銅版画など、現在でも用いられている技法が確立されたのはルネサンス期で、絵画や彫刻を作る人たちを「芸術家」という概念でとらえることも、この時代に端を発しています。

 

その後のヨーロッパの美術は、基本的にはルネサンス期の美術の実践と理論を手本としながら展開されました。ルネサンスの美術を知ると、おのずと、その後の西洋美術の理解が深まるので、今回、ルーヴル美術館の所蔵品によってルネサンス美術の特徴を紹介することができるのは、意義深いことだと感じています。

Q. なぜルネサンスがその後の美術の基礎と考えられるのでしょうか。

 

ルネサンスは一般的に14世紀から16世紀までの時代を指しますが、それに先立つ中世の時代には、絵画や彫刻を制作する人たちの社会的地位はあまり高くありませんでした。その理由の一つは、古代ギリシアに端を発する「自由七科」という7つの学問のなかに、絵画や彫刻に当たる分野が含まれていなかったからです。絵画や彫刻を作ることは知的な営みではなく、技術を極める手仕事と認識されていました。ですが、ルネサンス期の理論家たちは、絵画や彫刻も、自由七科に含まれる「詩学」と同じように知性を要する営みだと位置づけ、芸術家は古代ギリシア・ローマの詩人たちが詠った神話や古代史の物語を描くことが重要なのだと主張するようになります。これにより、ルネサンスの芸術家たちにとって、古代の文学に精通し、かつ古代の美術を手本にすることは当然になっていきました。

 

16世紀後半になると、画家や彫刻家の体系的教育を目的とする美術アカデミーがまずイタリアのフィレンツェで設立され、その動きは17世紀以降、他国にも広まっていきます。アカデミー設立の背景には、画家や彫刻家を、工房で徒弟修業を積んだ職人ではなく、理論と実践を体系的に習得した知的職業人に位置づけるという狙いがありました。こうした流れのなかで、画家や彫刻家の社会的地位が次第に向上し、彼らを「芸術家」とする概念も生まれてきました。

 

17世紀以降の西洋美術は、基本的には、このようにルネサンス期に確立された芸術の考え方や教育制度を手本としながら、展開されています。
 

国立新美術館 主任研究員 宮島綾子氏
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国立新美術館 主任研究員 宮島綾子氏

「ルーヴル美術館展 ルネサンス」の構成

Q. 今回のルーヴル美術館展は、どのように企画を考えていかれたのでしょうか?

 

総合監修を担ってくださったルーヴル美術館 絵画部門長のセバスチャン・アラールさん、そして監修を務めてくださった学芸員のオリアーヌ・ラヴィットさんのお二人に主導していただきながら、出品内容を決めていきました。約300年にわたるルネサンス美術の全貌を一つの展覧会で網羅的に紹介することはできないので、いくつかの特徴的な側面にフォーカスする方針で各章のテーマを決め、作品を選んでいきました。

 

展覧会は4章の構成をとり、1章は、ルネサンス文化の発展を支えたファクターの一つである「旅」をテーマとしています。2章では、ルネサンス期に確立された様々な技法に焦点を当て、3章では、ルネサンスの芸術家たちが古代美術をどう学び、咀嚼したかが見てとれる作品を紹介しています。最後の4章は、ルネサンス期に非常に豊かに展開されたジャンルである「肖像」をテーマとし、レオナルド・ダ・ヴィンチの《美しきフェロニエール》をはじめ、ヨーロッパ各地の芸術家たちによる肖像作例を紹介します。
 

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた《美しきフェロニエール》の魅力

Q. 今回の主役、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた《美しきフェロニエール》について教えてください。宮島さんが考える魅力はどんなところでしょうか。

 

この作品は、レオナルド・ダ・ヴィンチ(レオナルド)がミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァ(ルドヴィコ)に仕えていた1490年代に描かれたものと考えられていて、モデルは、ミラノ公の愛妾(あいしょう)だったルクレツィア・クリヴェッリという女性ではないかと推測されています。等身大より少し小さめなので、仮にルドヴィコが注文者だったとすれば、彼一人で向き合って眺めるにはちょうどよいサイズだったかもしれませんね。

 

※愛妾(あいしょう):主君や夫から特別に深く愛されているそばめ(妾(めかけ)・側室)

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ 《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》
1490‒1497年頃 © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Michel Urtado
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レオナルド・ダ・ヴィンチ 《女性の肖像》、誤って付された別称《美しきフェロニエール》
1490‒1497年頃 © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Michel Urtado

Q. なるほど、写真のなかった時代なので彼女を常に見ていたかったのかもしれませんね。そういう視点でこの絵を見ると、決してにこやかとは言えない不思議な表情にも何か二人にしかわからない物語があるのかと。

 

そうですね。当時のイタリアの絵画理論には、人物を描く際は、その人が心に抱いている感情が、動作や表情を通して伝わるように描かねばならないという考え方がありました。画家たちは皆、このことを意識するようになっていきますが、なかでも、レオナルドは、この難しい課題に並々ならぬ執念を持って取り組み続けたように思います。

 

《美しきフェロニエール》は、一見、こちらをまっすぐ見つめているようで、まなざしの強さが印象的です。ですが、ずっと見続けると、女性はこちらを見ていないような気もしてきます。口元も、微笑んでいるようで、そうではないようにも見えて、彼女がどのような気持ちなのか、言い当てるのは難しく感じます。おそらくレオナルドは、絶えず揺れ動き、ときには相反する感情を同時に抱くこともある人間の心の機微のようなものを、なんとか絵画に描き留めようと模索していたのではないかと思うのです。

 

有名な《モナ・リザ》も、しばしば「謎めいた微笑み」と形容されるように、とらえどころのない表情が印象的です。レオナルドは《モナ・リザ》をずっと手元に置き、亡くなる直前まで手を加え続けたと言われていますが、これは当時の画家としては異例のことです。現代とは異なり、ルネサンス期に芸術を享受していたのは、王侯貴族、聖職者、裕福な市民など、教養を備えた上層階級の人々で、基本的に芸術家は彼らから注文を受けて制作していました。絵画の内容は注文者が指示し、納期も定められていました。《モナ・リザ》も同様で、本来は注文者に期限までに納めなければならなかったはずですが、なぜかレオナルドは手放さずに描き続けた。もしかすると、レオナルドがなかなか仕上げてくれないので、注文者がしびれをきらして諦めたのかもしれません。レオナルドは制作にとても時間がかかったことで有名で、未完の作品も多いのですが、それは、自分の描くものになかなか満足できなかったからではないかと思います。

なぜレオナルドが描いた男性肖像画は、わずか1点なのか

Q. 依頼主は「いつまで描いてるんだ!」と(笑)

 

レオナルドは、依頼主の意向に応えるのが当然だった時代に、自身の制作ペースや実験的精神を優先させることができた点で、特異な芸術家でした。興味深いのは、ルネサンス期に肖像画で高い名声を得ていた画家たちは皆、君主や教皇といった男性権力者から肖像制作を依頼されていますが、一方で、レオナルドによる男性の肖像画は《音楽家の肖像》と呼ばれる1点しか現存せず、そこに描かれているのは名の知れぬ男性です。レオナルドが約17年間も仕えたルドヴィコですら、自分の肖像画をレオナルドに依頼した形跡がないことに鑑みると、当時の男性の権力者は、レオナルドに肖像画を注文しても、待たされたあげく、期待どおりに描いてはくれないだろうと察知していたのかもしれません。

《美しきフェロニエール》に見るレオナルド・ダ・ヴィンチの革新性

Q. レオナルドは天才だけど、心の奥底まで見透かすような肖像を描く。知られたくない一面まで描かれそうだから、頼もうか頼むまいか。そんな権力者たちの様子も浮かびますね。

 

《美しきフェロニエール》には、もう一つ、当時の肖像画としては革新的な部分があります。それは、人物に「動き」が感じられることです。この時代の肖像画では、体と顔が同じ方を向く配置が一般的でしたが、この作品では、女性の体と顔がわずかに反対方向を向くように配置されており、回転する動きが感じられます。このわずかな工夫によって、女性が今まさに私たちの目の前にたたずみ、顔をこちらに向け始めているかのような印象が生じているのです。顔と体の向きをほんの少し変えるだけで、静止した絵画の中の人物に動きを与え、生命感あふれる肖像を描いたことはとても画期的で、当時はレオナルドにしか成し得なかったことでした。

展覧会は一期一会

Q. 今回の展覧会で感じてほしいこと、知ってほしいことはありますか?

 

どの展覧会でもそうですが、実際の作品に向き合い、ご自身の目で見るという体験を大切にしていただけたらと思います。大きさ、テクスチャー(質感)など、写真や映像を通して見るだけでは分からないことがたくさんあります。それは知識の有無にかかわらず、誰にとっても同じではないかと考えています。

 

職業柄だと思いますが、私は「今、自分の目の前にある作品を作っていた人が、かつて確かにいた」ということを、なんとなく頭の片隅に置いています。数百年前に自分と同じように生きていた人が、構図を考え、絵具を塗り…。そうして作られた作品が、幾多の人々の手を経て大切に伝えられてきたおかげで、今、私たちはそれらを見るチャンスが得られる。そう考えると、作品を実際に見ることができるのは、ただそれだけで、奇跡と言ってもよいほどの体験だと思うのです。

 

また、本展の出品作はどれも、ルーヴル美術館に行けば見られるわけですが、時代・地域で分類されているため、同じ場所に展示されているわけではなく、広大なルーヴル美術館のあちこちの展示室に散らばっています。ですが、本展覧会では、あるテーマのもとに関連付けられる様々な作品を集め、比較しながら見られるように展示します。

 

たとえば、《美しきフェロニエール》を紹介するエリアには、いくつかの観点からこの作品と関連付けられる絵画や彫刻を一緒に見ていただけるよう、展示構成を考えました。こうした作品の組み合わせ、ラインアップは一期一会で、二度とないので、ぜひ多くの方に足を運んでいただけたらと思います。そして、この展覧会でルネサンス美術に触れたことがきっかけになり、別の美術館に行ってみよう、とか、さらに美術に興味を持っていただけたら嬉しいですね。

版画はルネサンス期のSNSだった⁉

ルネサンスの木版画・銅版画

Q. 今回の展示の中でポイントになるような作品をもう一つあげるとしたらどのあたりでしょうか?

 

一つだけあげるのは難しいので、木版画・銅版画をあげたいと思います。木版画は15世紀半ばの活版印刷術の誕生を受けて、本に木版画の挿絵を入れる機会が増えたことから発展しました。また、銅版画の技法はルネサンス期、15世紀半ばに生まれたものです。1つの原版から複数の作品を刷ることができる版画は、1点しか存在しない絵画や彫刻に比べて、拡散力がありました。ルネサンスにおける版画の発展は、今の時代のSNSに通じる情報拡散の役割を担っていたのかもしれません。

 

Q. ルネサンスを代表するような版画も、今回見られるのでしょうか?

 

はい。ドイツを代表する巨匠、アルブレヒト・デューラー(デューラー)の《サイ》の木版画をご覧いただけます。彼の木版画の技法は非常に優れていたので、多くの芸術家がこれを模倣しました。

 

《サイ》のサイズは24×30cmほどで小さいのですが、皮膚の模様など、ディテールがとても緻密に描写されています。ですが、実は、デューラー自身はサイを見たことはありませんでした。彼は、1515年にサイがインドからポルトガル王に贈られた時に、そのサイについて他人が記した文章とスケッチだけをもとに、あとは自分の想像力で補って、版画を制作したのです。これが評判となり、デューラー亡き後もこの作品は7回も刷られました。また、ヨーロッパ中の博物学の書物にも、このサイを模した挿絵が掲載されました。日本にも、長崎の出島を通じてこうした博物学の書物が届き、日本の画家もそれを見て描くほど大きな影響を与えました。まさにSNSですよね。当時、版画は絵画や彫刻よりも下位に位置づけられていましたが、デューラーは、版画が自立した一つの芸術作品とみなされる契機をつくりました。ルネサンスの版画を考えるうえで、欠くべからざる作家です。

アルブレヒト・デューラー 《サイ》 1515年(初版) 
Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom
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アルブレヒト・デューラー 《サイ》 1515年(初版)
Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom

銅版画が芸術家の構想を伝える

画家ラファエロと版画家マルカントニオ・ライモンディ

Q. 銅版画がルネサンスで生まれたということですが、銅版画も展示されているのでしょうか?

 

数点展示していますが、その中からイタリアの重要な版画家であるマルカントニオ・ライモンディの《パリスの審判》を紹介します。この銅版画は、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロが描いた素描に基づき、制作されたものです。ラファエロはもっぱらライモンディに、自分の素描を版画化させました。自らが考案した構図や図像を、ライモンディによる優れた版画を通じてヨーロッパ中に広めることができたからです。一方でライモンディも、名高い芸術家ラファエロから信頼された版画家として、評価をさらに高めることができました。つまり、二人は持ちつ持たれつの協働関係を結んだわけです。

マルカントニオ・ライモンディ、ラファエロ・サンツィオの原作に基づく
《パリスの審判》 1513‒1518年頃 
Photo © Musée du Louvre, Dist. GrandPalaisRmn / Angèle Dequier / distributed by AMF-DNPartcom
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マルカントニオ・ライモンディ、ラファエロ・サンツィオの原作に基づく
《パリスの審判》 1513‒1518年頃 
Photo © Musée du Louvre, Dist. GrandPalaisRmn / Angèle Dequier / distributed by AMF-DNPartcom

Q. ラファエロが描いた元の素描はどんなものですか?

 

《パリスの審判》については、ラファエロの原作の素描は失われてしまったため、ライモンディの版画だけがラファエロの構想を伝える作品となり、ルネサンス期だけでなく、その後何世紀にもわたってヨーロッパ中の芸術家たちに影響を与え続けました。このように距離的にも時間的にも広範な影響力を持ちえる版画という表現媒体は、ルネサンス期の大きな発明の一つと言ってよいと思います。本展でぜひ、版画の魅力を多くの方に発見していただきたいですね。

プロフィール

宮島綾子(みやじま あやこ)

国立新美術館 主任研究員

 

明治学院大学文学部芸術学科卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年4月より国立新美術館設立準備室、2007年1月より国立新美術館勤務。


17世紀フランスを中心とする西洋美術を専門とし、同分野で多くの展覧会のキュレーター/共同キュレーターを務める。近年の主な担当展に「ルーヴル美術館展 愛を描く」(2023)、「佐藤可士和展」(2021)、「ブダペスト ヨーロッパとハンガリーの美術400年」(2019年)、「ルーヴル美術館展 肖像芸術 人は人をどう表現してきたか」(2018年)など。

開催概要

展覧会名:ルーヴル美術館展 ルネサンス
会期:2026年9月 9日(水) ~ 2026年12月13日(日)
休館日:毎週火曜日 
   ※ただし9月22日(火・祝)、11月3日(火・祝)、12月8日(火・祝)は開館、11月4日(水)は休館
開館時間:10:00-18:00
   ※毎週金・土曜日は20:00まで
   ※入場は閉館の30分前まで
会場:国立新美術館 企画展示室1E
        〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
特別協賛:野村證券
展覧会公式ウェブサイト:【公式】ルーヴル美術館展 ルネサンス|日本テレビ